2012年3月28日水曜日

お酒に弱い人は要注意



---血管性痴呆にならないためにも注意が必要---

---日本人男性2500万人が対象となるきわめて強い遺伝的危険因子---

要約

 日本医科大学老人病研究所生化学部門(太田成男教授)と国立長寿医療センター疫学研究部門(下方浩史研究部長)の共同研究によって、脳梗塞のなりやすさに大きく影響する遺伝子が発見された。アルコール脱水素酵素2(ADH2)遺伝子の個人差によって、アルコールを酸化してアセトアルデヒドに変化させる酵素活性が低い人が日本人では40%もいる。このADH2活性の低い男性は脳梗塞に2倍以上なりやすいことがわかった。小さな脳梗塞(ラクナ梗塞)は血管性痴呆の原因でもあり、この遺伝子型の人は、血圧やコレステロール値に注意して脳梗塞を予防する必要がある。また、この研究結果ではアルコール飲量はADH2の脳梗塞のなりやすさに影響をおよぼさないことも明らかにされた。

 愛知県住民の2200人(男性1102人)のMRIを測定し、215人(男性136人)に脳梗塞があることを見いだした。脳梗塞のある人、ない人を含めて2267人(男性1139人)のADH2遺伝子の個人差を解析し、男性の脳梗塞のなりやすさの遺伝的原因を明らかにした。米国神経学アカデミー会誌「Neurology(ニューロロジー)の10月号に研究結果を発表する。

(注)アルコール脱水素(ADH)はアルコールを酸化して毒性のあるアセトアルデヒドに変える。さらにアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の働きによって毒性のない酢酸に変える。「お酒に強い・弱い」を決定するのは、ADHではなくALDHである。むしろ、ADH活性が弱いほど神経を麻痺させるアルコールの状態が長く続くので、ほろ酔い気分が長く続き、飲酒量は多くなる傾向にある。

A.脳梗塞について

脳の動脈血管がつまってしまう病気の総称。

脳梗塞は、死因の8%程度。寝たきりの原因の一位。

脳梗塞の診断:今回はMRIにより脳の血管のつまり具合を診断。

ラクナ梗塞とは?:細い動脈血管がつまっておこる直径15mm以下の比較的小さい範囲の梗塞。脳梗塞の一種。特に日本人の血管性痴呆の原因としてラクナ梗塞が多い。

B.調査対象者

 愛知県の住民。住民台帳から無作為抽出して対象者となることを依頼。十分説明して同意がえられた人を対象。

 40歳代約600人(男女約300人ずつ)50歳代約600人(同)60歳代約600人(同)70歳代約600人(同)年齢分布も均等になるよう配慮。合計2267人。もっともダイアスがかからない中立な人間集団といえる。脳ドックでは特に脳梗塞を心配する人が受診したり、経済的な要因が加わるので、中立な集団ではなくなる。

 今回の調査ではMRIをうけた人は、2200人(男性1102人)で、脳梗塞が見られた人は215例(男性136人)であった。

C.ADH(アルコール脱水素酵素)遺伝子について

 アルコール脱水素酵素にはADH1とADH2とADH3の3種類の遺伝子がある。

(1)ADH1には個人差がなく、人種差もない。

(2)ADH2では日本人に個人差があり、個人差(多型)によってADH2*1とADH2*2がある。

(3)ADH3では白人に個人差があるが、日本人には個人差がない。

D.ADH2遺伝子について

(1) ADH2*1:白人に多い多型


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  47番目のアミノ酸がアルギニン、369番目のアミノ酸がアルギニンである。

(2) ADH2*2:日本人に多い多型(白人黒人にはない)、ADH2*1とは一塩基だけ異なる遺伝子

  47番目のアミノ酸がヒスチジン、369番目のアミノ酸がアルギニンである

(3)ADH2*3:黒人に認められる多型、ADH2*1とは一塩基だけ異なる遺伝子

  47番目のアミノ酸はアルギニン、369番目のアミノ酸がシステインである

 これらの遺伝子変化は一塩基多型(single nucleotide polymorphism = SNPスニップ)と呼ばれる。

E.ADH2遺伝子型

 日本人はADH2*1とADH2*2のいずれかをふたつずつ持つ。両親からひとつずつ遺伝子をもらいうけるので、3種類の遺伝子型になる

(1) ADH2*1とADH2*1を持つ人 (ADH2*1/1) 

     日本人の5%程度、酵素活性は1倍 

(2) ADH2*1とADH2*2を持つ人(ADH2*1/2)

     日本人の35%程度、酵素活性は25倍

(3) ADH2*2とADH2*2を持つ人(ADH2*2/2)

     日本人の60%程度、酵素活性は100倍

(注)酵素活性は1型1型サブユニットの二量体、1型2型サブユニットのヘテロ二量体、2型2型サブユニットの二量体の比較。正確に言うと、ADH1遺伝子、ADH3遺伝子ともそれぞれ二量体を形成するので、複雑になる。

F.飲酒と遺伝子の関連

 アルコール(エタノール)はアルコール脱水素酵素(ADH)の働きによって、アセトアルデヒドに変化する。アセトアルデヒドはアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の働きによって酢酸に変化し、解毒されてエネルギー源、あるいは脂肪合成の材料となる。

 アセトアルデヒドの毒性は強く、顔が赤くなったり、気持が悪くなったりする原因。ALDH遺伝子の個人差によって酒に強いか弱いかが決定される。アルコールは神経を麻痺させるので酔う気分にさせる。

 ADHとALDHによって大きく4つの型に分類される。

(1)ALDH活性が強い人で、ADH2の活性が強い人(ADH2*2/2の人)

 すぐにアルコールをすぐに代謝してしまうので、酔わずに飲めるタイプ。

(2)ALDH活性が強い人で、ADH2の活性が弱い人(ADH2*1/1の人、ADH2*1/2の人もその傾向)

 アルコールの状態が長く続くので、ほろ酔い気分が続くので、気持ちよくどんどん飲んでしまうタイプ。(1)よりも飲酒量が多く、肝臓を痛めやすい。

(3)ALDH2活性が弱い人で、ADH2の活性が強い人。

 アルコールがすぐにアセトアルデヒドに変化して蓄積するので、ほろ酔い気分にもなれず、お酒が苦手な人。

(4) ALDH2活性が弱い人で、ADH2活性も弱い人。

 アルコールの状態がながく続くので、気持ちよく飲み始め飲み過ぎてしまうが、アセトアルデヒドが蓄積するので、二日酔いになってしまう人。また、肝臓を一番痛めるタイプ。

 ALDH(アルデヒド脱水素酵素)については飲酒によって自己診断が可能。また、パッチテストで診断可能。ADHについては複雑だがある程度なら自己診断できるかもしれない。ただし、遺伝子診断が確実。

G.ホルモンとアルコール代謝


どのくらいの十代の運動はすべき

 女性ホルモンのエストロゲンはADH2活性を高くする(ADH2酵素量を多くする)。そのため、若い女性は飲酒においてはアセトアルデヒドが蓄積しやすく、男性に比べてお酒に弱い。閉経後はエストロゲンが少なくなりADH2活性が低くなり、お酒に酔えるようになる。お酒は好きになったとかおいしくなったというのはエストロゲンの減少が原因。

H.脳梗塞とADH遺伝子型の関連

 男性の各々の遺伝子型をもつ人のラクナ梗塞、脳梗塞(ラクナ梗塞も含む)の頻度を比較した。

遺伝子型     ADH2*2/2  ADH*2/1  ADH2*1/1  

男性の人数(%)  698人(61.2%) 378人(33.6%)59人(5.2%)

平均年齢(年)  59.4     58.8    58.0

アルコール(g/day) 28.8     29.5    44.5

MRIを受けた男性 678人    367人   57人

ラクナ梗塞の人  60人 (8.9%) 55人(15.0%) 8人(14.0%)

脳梗塞全体    68人(10.0%) 59人(16.1%) 9人(15.8%)

(注)男性が136人に脳梗塞が見つかったのに対して女性は79人しか見つからなかった。女性では脳梗塞をもつ人のなかで遺伝子型の頻度の違いが統計的に有意ではなかったのはホルモンの影響とともに脳梗塞者の数が少ないことも一因であると思われる。

 以上の結果からADH2*2/1の人とADH2*1/1の人にラクナ梗塞、脳梗塞全体(ラクナ梗塞を含む)の人が多いことがわかった。

(注)ラクナ梗塞 60人、脳梗塞68人というのは、ラクナ梗塞が60人で、ラクナよりも大きい脳梗塞の人が8人という意味。

 次に、脳梗塞は、年齢によって頻度が大きく変化するので、年齢で補正した。

男性におけるラクナ梗塞

A. 年齢効果を補正した解析結果

 ADH2(ADH2*1/1とADH2*1/2)  2.16倍(オッズ比)p=0.0002

 年齢(10歳上昇効果)      3.46倍(オッズ比)

B. 年齢とアルコール飲量で補正した解析結果

 ADH2(ADH2*1/1とADH2*1/2)  2.18倍(オッズ比)p=0.0005

 年齢(10歳上昇効果)      3.53倍(オッズ比)

男性における脳梗塞全体

A.年齢効果を補正した解析結果

ADH2(ADH2*1/1とADH2*1/2)  2.06倍(オッズ比)p=0.0003

年齢(10歳上昇効果)      3.44倍(オッズ比)

B.年齢とアルコール飲量で補正した解析結果

 ADH2(ADH2*1/1とADH2*1/2)  2.05倍(オッズ比)p=0.0008

 年齢(10歳上昇効果)      3.49倍(オッズ比)

(例えば10歳加齢すると脳梗塞には3.46倍なりやすいことを意味する)

(p=0.0002とは99.98%統計的には正しいという意味)。

 以上の結果は脳梗塞全体、ラクナ梗塞で、ADH2*1を持つ人(ADH2活性の低い人たち)は、2倍以上ラクナ梗塞、脳梗塞になりやすいことを示す。

 アルコール飲量で補正しても解析結果は変化しないので、アルコール飲量が、脳梗塞になりやすさに影響したのではなく、ADH2の遺伝子による効果であることが明確に示された。

I.脳梗塞になりやすさのADH2*1の影響

 ADH2*1の遺伝子による脳梗塞とラクナ梗塞への影響の強さ(危険度)を従来いわれていた危険因子と比べると、

 年齢(10歳上昇するごとに3.5倍、ADH2*1の影響は2倍)


"関節炎の痛みを軽減するには、線維筋痛背中の痛みとは何か"

 男性(今回のADH2*1の効果は男性にだけ効果がみられた)

  (男女差については、エストロゲンがADH活性を高めるので、女性は脳梗塞になりにくいと考えられる。そのため今回も女性はADH2*1による差がでなかった一因と思われる)

 高血圧のリスクは、2.4倍でADH2*1の影響よりも大きかった。

  (ADH2の遺伝子多型の影響は、収縮期血圧で40mmHgの血圧上昇、拡張期血圧では20mmHgの血圧上昇に相当する値だった)

 糖尿病、喫煙、飲酒、コレステロール、中性脂肪の影響よりもはるかにADH2*1の影響は大きい

 遺伝的リスクとしては、ホモシステイン合成に関与するMTHFRの遺伝子多型などがあげられるが、1.6倍のリスクであり、ADH2*1の効果よりもはるかに小さい。

J.飲酒との関連

 今回の結果により、ADH2*1が脳梗塞に与える影響は飲酒量とは無関係であることが明らかにされた。一方、時々飲酒するよりも少量の飲酒を毎日するほうが脳梗塞にかかりにくいという結果も他の研究グループから提出されている。これらの関連は今後の課題である。しかし、飲酒についての記録よりも遺伝子の方が確実であることは間違いない。

 今回の結果は飲酒がいいとか悪いとかとは言えないということである。

K.生体内でのアルコール脱水素酵素の役割

 人間以外のほ乳類動物にもアルコール脱水素酵素(ADH)が存在する。しかし、人間以外は飲ませないかぎり基本的に飲酒しない。アルコール脱水素酵素という名がついているが、本来はエタノールを分解する役割ではなく、別の役割があると考えるのが妥当だろう。実際ADH酵素が働きかける様々な物質が明らかされてきているが、体の中でADHが作用する本当の物質や本来の役割は今後の研究によって明らかにされると期待される。コレステロールの合成調節にもかかわっており、今回の結果でもADH2活性が弱いとコレステロール濃度が高いことが示されている。コレステロール濃度を高め、脳梗塞のなりやすさを部分的に高めているとも考えられる。女性ではADH2*1をもつ人でもコレステロール濃度が高いわけではなく、ADH2活性とコレス� ��ロール合成調節の関連が推測される。ただし、コレステロール濃度の変化はそれほど大きいのではないので、全部を説明することはできず部分的効果と考えたほうがよいと思われる。いずれにせよ エタノール代謝に関連して非常によく知られていた酵素に脳梗塞との関連という驚くべき役割があることを明らかにしたことは、新しい遺伝子を発見するよりも意義あることであろう。

L.まとめと予防法

 ADH2遺伝子には日本人(アジア人)特有の遺伝子多型があり、ADH2*1は脳梗塞の危険因子である。海外の研究結果は参考にならず、日本人特有の遺伝子ADH2*2で脳梗塞がなりにくさを決定していることが明らかにされたことは重要である(白人ではADH2*1を持つ人が多くADH2活性が低くなっているが、なんらかの効果でそれを補っているのだろう)。日本人では血管性痴呆の原因としてラクナ梗塞が多いとされており、ADH2*1によりラクナ梗塞がおきやすいことが原因かもしれない。

 この危険因子の強さは海外をふくめ今まで報告された遺伝的要因として世界で最高の強さである。また、従来の危険因子とされたものよりも高血圧をのぞけば最高のものである。


 一般に遺伝子の危険因子が発見されても遺伝子を調べない限り本人は自覚することができない。しかし、ADH2は飲酒後の様子からある程度自覚することができる。遺伝子多型を遺伝子解析によって正確に行えるようになれば、脳梗塞と血管性痴呆の予防に大きく寄与できる。遺伝子解析を積極的に行うべきであろう。

 脳梗塞の遺伝的危険因子をもつ人は、血圧を下げる、コレステロール濃度を下げるなどすでに脳梗塞の危険因子としてわかっていることがらに注意することで、予防効果が期待できる。例えば、ADH2*1を持つ人はADH2*2/2の人に比べて血圧を40mmHgさげて同じ程度に脳梗塞になりやすいということである。また、ADH2*1をもつ人で高血圧の人は5倍近くの脳梗塞になりやすくなる。10倍脳梗塞になりやすいということは、ほとんど脳梗塞になるということを意味するのでたいへんな危険度である。

 遺伝子は判明したので、ADH2*1を持つ人でも脳梗塞にならない人の生活習慣を明らかにすることで、今後の研究によって効果的な脳梗塞予防法を今後明らかにすることができると期待される。

 脳梗塞の危険因子の遺伝子が明らかになったので、遺伝子操作によってモデル動物を作成して、予防効果を検証することができ、予防法が確立できるようになる。

 今回示した遺伝子多型をもつ人は、日本人男性の40%にあたる人が対象である。人口にして2500万人の人が脳梗塞の予防につとめれば脳梗塞と血管性痴呆に対して大きな予防効果が期待できる。経済効果としてもきわめて大きな額になるはずである。

付録

 インターネットなどで検索すると女性がお酒に弱いのはADH活性が低いせいと書かれている(いわゆる俗説です)が、逆である。ADH活性が高いのでアセトアルデヒドが蓄積しやすくお酒に弱いということになる。

(以上です)

以上の研究結果は、日本医科大学大学院加齢科学系専攻細胞生物学分野と国立長寿医療センターとの共同研究にて行われたものです。

米国神経学アカデミー会誌(Official Journal of the American Academy of Neurology), Neurology(ニューロロジー)2004年10月号に発表予定

Yoshihiko Suzuki, Michiko Fujisawa*, Fujiko Ando*, Naoaki, Niino*, Ikuroh Ohsawa, Hiroshi Shimokata* and Shigeo Ohta

(Department of Biochemistry and Cell Biology, Institute of Development and Aging Sciences, Graduate School of Medicine, Nippon Medical School, Kawasaki, Kanagawa, *Department of Epidemiology, National Center for Geriatrics and Gerontology, Obu, Aichi)



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